東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)87号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決が本願発明の第一引用例との相違点について判断を誤り、ひいて、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いた旨主張するが、右主張は以下に述べるとおり理由がないものというべきである。
1 前記争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)及び第五号証(手続補正書)を総合すれば、本願発明は、枚葉紙を印刷された面で支持する、外周面にわたつて分配された隆起部と全体が化学的な腐蝕に強い、撓み変形をしない耐摩性の材料からなる外周面とを有する、輪転式オフセツト印刷機における圧胴又は枚葉紙渡し胴の枚葉紙を案内する外周面に関するものであるところ、従来、印刷されたばかりの枚葉紙面と接触する際に外周面に印刷インキが集積することを避けるため、表面に小さな球状体の固定された布又は紙からなるライニングを圧胴に設ける技術が公知であるが、この場合、ライニングの洗浄に問題があり、また、オフセツト印刷機ではゴムブランケツトの捏変形のため印刷ブレ等の問題があつて使用できない欠点があり、また、公知の第二引用例記載のものは、外周面の不均一性のために印刷の質を低下させる欠点があつたところ、本願発明は、右欠点を解消するため、外周面を隆起した支持部分とそれよりも低く位置する非支持部分とに適当に分割して、印刷インキが集積する程度を減少させ、しかも全印刷像にわたつて一様な支持作用を呈する外周面を開発して一様な印刷像が保証されるようにし、更に、外周面が耐摩性で、かつ、化学薬品によつて腐蝕されないものを得ることを目的とし、本願発明の要旨(本願発明の明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成、すなわち、輪転式オフセツト印刷機における圧胴又は枚葉紙渡し胴の枚葉紙を案内する外周面がニツケルシート又はプラスチツクシートからなり、このシートの片面に隆起部として、シートと同じ材料からなる高さの等しい球欠体を設ける構成とすることによつて前記欠点を解決し、所期の目的を達したものであることを認めることができる。原告は、本願発明の外周面は、その隆起部がそれぞれ等間隔に整然と配列され、各球欠体が統計学的に一様に分配されているものである旨主張するが、本願発明の明細書の特許請求の範囲に、そのように明記されていないことは原告の認めるところであり、また、特許請求の範囲中の「外周面に亙つて分配された隆起部」の文言記載自体からも右主張のように解することはできない。なお、前掲甲第二号証及び第五号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の項には、第八頁第五行ないし第九行、同頁第一四行ないし第一六行及び第九頁第二行ないし第六行に原告主張のとおりの記載があり、実施例として図示された第1図及び第2図の説明として、球欠体3の高さは〇・〇二mmで、統計学的に一様にニツケルシートの表面にわたつて分配され、隣接する球欠体3の中心間隔6はほぼ〇・一二mmであると記載されていることを認めることができるが、これら記載においても、明細書第八頁第五行ないし第七行では、「球欠体がシートにほぼ一様にかつ同じ高さで……配置されていることによつて、印刷像は一様な質を有するようになる。」と記載され、また、球欠体3の中心間隔6はほぼ〇・一二mmとあつて、他の記載と必ずしも一致しない点に徴すれば、これらの記載等は本願発明の特許請求の範囲中の前記文言を原告主張のように限定的に解する根拠とすることはできず、したがつて、原告の右主張は採用することができない。
2 一方、第一引用例に本件審決認定の記載内容のあることは原告の認めるところ、右事実に成立に争いのない甲第八号証を総合すれば、第一引用例は、本願発明の特許出願時とみなされる優先権主張日前に国内に頒布された実用新案公報であるが、これには右本件審決認定の記載のほか、右のような印刷面の汚損の防止のため、従来サンドペーパーのような凹凸を設けた紙布を第二圧胴に巻き付けたものが公知であるが、その凸出部が鋭角であるため印刷面を損傷する欠点があり、第一引用例記載の考案によりこれを解決したことが記載され、図面(第1図及び第2図)において紙布上に等大(したがつて、高さの等しい)の球面微粒子が極めて密に存し、本願発明のものに比し、その配列の均一性、等隔性において劣らないものが示されていることを認めることができる。
3 また、原告の自認する本件審決認定の第二引用例の記載内容に成立に争いのない甲第九号証(第二引用例)を総合すれば、第二引用例は、本願発明の特許出願時とみなされる優先権主張日前の一九六八年(昭和四三年)一月一八日公告のドイツ連邦共和国特許明細書であるが、これには、右の本件審決認定の記載内容のほか、圧胴又は枚葉紙の汚損(インキ汚れ及びインキ引渡し)防止のため、胴の表面を粒面加工、電解酸化加工、サンドプラスト加工等によつて処理されたアルミシートで被覆し粗面化したもの、更に、ガラス粒又はガラス球の埋設された接着剤の施された紙シートで胴を被覆したものも考案されていたが、これらによつても、インキ汚れ及びインキ引渡しを完全には回避することができず、後者ではガラス粒又はガラス球が紙から取れて印刷に不都合な影響を及ぼす等の欠点があつたところ、第二引用例の発明は、インキを弾くほか、耐蝕性で硬度の十分なクロムを用い、かつ、表面を粗面化(二μと七・五μとの間の粗面度)することによりこの欠点を解消したものであることを認めることができる。原告は、第二引用例記載のものがサンドプラスト加工をしたものである旨主張するが、前掲甲第九号証によるも、このように限定的に解すべき根拠を見出すことはできない。
4 そこで、本願発明と第一引用例のものとを対比するに、両者の間に本件審決認定の一致点及び相違点のあることは、原告の認めるところ、原告は本件審決の右相違点についての判断を争うので、以下右相違点について、以上認定したところに基づき、検討することとする。
本願発明と第一引用例記載のものが輪転式印刷機の圧胴の用紙を案内する外周面が、印刷されたばかりの紙面と接触する際に、該圧胴外周面に印刷されたインキが附着して集積することを避けるという点において軌を一にすることは原告の認めるところであり、前認定のとおり第二引用例に、オフセツト印刷機において右と同様インキの汚れ、引渡しを回避する目的で、圧胴外周面に、本願発明と同様粗面化されたシートを取り付けることが開示されていることに徴すると、右目的のため、第一引用例の圧胴に球状凹凸部を形成したシートを取り付ける技術手段を輪転式オフセツト印刷機の圧胴外周面に用いるようにすることは、当業者の容易に想到することができるところというべきである(なお、本件審決が、第一引用例のインキ絶縁紙布を輪転式オフセツト印刷機の圧胴の外周面に用いるようにすることは当業者の容易に類推することができるところと判示した点は、本願発明がインキ絶縁紙布を用いるものでないから、適切とはいい難いが、この点の判示はその後段の判示部分と対照すると、叙上説示と同様の趣旨を判示したものとみるのが相当である。)。原告は、オフセツト印刷機においては、第一引用例記載の凸版印刷機と異なり、ゴム胴及びブランケツトが用いられるため、第一引用例記載のような紙布上に接着剤をもつて接着した球状微粒子は、捏変形に耐え得ないから使用不能である旨主張し、右主張の点は前認定の事実に照らし肯認すべきところであるが、この事実は、第一引用例に示された球状凹凸部を形成したシートを取り付ける技術手段を輪転式オフセツト印刷機の圧胴外周面に試みることを妨げる理由とすることはできず、したがつて、原告の右主張は採用するに由ない。そして、輪転式オフセツト印刷機の圧胴の枚葉紙を案内する外周面を、化学的な腐蝕に強い、弾性変形しない耐摩性の材料を用いて形成すること、及びこれにニツケル又はこれと同様の性質を有するプラスチツクシートを用いることが当業者の技術常識といえることは、前掲甲第九号証(第二引用例)の記載から認め得るところであり、更に、本願発明の外周面のニツケルシート又はプラスチツクシートの片面に隆起部としてシートと同じ材料からなる高さの等しい球欠体を設ける構成については、前認定のとおり、第一引用例に本願発明と同様に該隆起部の高さが等しいものが開示され、また、第二引用例に輪転式オフセツト印刷機における該外周面に同じ材料で一体に成形された隆起部を有するシートを取り付けた構成が示されているから、右各引用例に基づいて、シートの片面に隆起部として、シートと同じ材料からなる高さの等しい球欠体を設け、本願発明のような構成とすることは、当業者が容易になすことができるところというべきである。原告は、第一引用例及び第二引用例における粗面の形状及び構成と本願発明のそれとの差異、ひいて、その作用効果の差異及び第二引用例の発明の実用不能等をるる主張するが、右主張は、いずれも本願発明と右各引用例とを各別に対比し、本件審決が右各引用例から引用していない事項を論難するものであつて、本件審決の認定を左右するものではなく、したがつて、原告の右主張は採用することができない。また、原告は、本願発明の外周面の隆起部がその高さが等しいだけでなく、その配列が等間隔で整然とし、球欠体は統計学的に一様に分配されており、第一引用例及び第二引用例のものいずれともその点において相違し、本願発明はこれら引用例から予測し得ない作用効果を奏する旨主張するが、本願発明が外周面の球欠体に関し右主張のような構成を要件とするものではなく、本願発明の球欠体の配列が第一引用例のものと異なるところがないことは前認定説示のとおりであり(なお、必要であれば、右隆起部ないし球欠体を整然、等間隔、一様にすることには、何らの発明力を要しないものである。)、したがつて、本願発明の作用効果は第一引用例記載のものから、容易に予測し得るものというべきであつて、原告の右主張も採用の限りでない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
枚葉紙を印刷された面で支持する、外周面に亙つて分配された隆起部と、全体が化学的な腐蝕に強い、弾性変形をしない耐摩性の材料から成る外周面とを有する、輪転式オフセツト印刷機における圧胴又は枚葉紙渡し胴の枚葉紙を案内する外周面に於て、外周面がニツケルシート又はプラスチツクシートから成つており、このシートの片面に隆起部として、シートと同じ材料から成る高さの等しい球欠体が設けられていることを特徴とする、輪転式オフセツト印刷機における圧胴又は枚葉紙渡し胴の枚葉紙を案内する外周面。